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株式会社ほっと・すぺーすは、地域の人や利用する人、そしてそこで働く人とともに成長していく介護・福祉事業を目指します。

INFORMATION
お知らせ

2020.05.07(木)

5月6日までとされた緊急事態宣言が、5月31日まで延長されました。大変厳しい状況になりましたが、私たち職員一同は、ご利用者のみなさま、ご家族のみなさまのお役に立てるように、全力で活動を続けてまいります。そのためにも、マスクの着用、検温の実施、手洗いの励行、面会の原則禁止などの対策をさらに強化してまいります。今後とも、ご理解の程よろしくお願いいたします。

なお、各事業所の取組みにつきましては、各事業所ごとに掲載をさせていただいております。ご一読いただければ幸いです。

株式会社ほっと・すぺーす
代表取締役 沖山一雄

FACILITY
施設のご案内

ほっと・ハウス豊玉 デイサービスセンター

小規模多機能施設(通所サービス、住宅型有料老人ホーム及びショートステイ)

豊玉北5-8-19

ほっと・ハウス・仲町 都市型ケアハウス

都市型ケアハウス

平和台1-2-7

ほっと・氷川台 ケアプランサービス(居宅介護支援)

居宅介護支援

氷川台3-19-7
井垣ビル2階

ほっと・氷川台 デイサービスセンター

地域密着型通所サービス

氷川台3-19-7
井垣ビル1階

ほっと・ライフサービス

福祉用具貸与・販売、住宅改修

氷川台3-19-7
井垣ビル2階

都市型ケアハウス ほっと・ハウス・今神

THESES
沖山一雄論文集

2020.04.10(金)

1.訪問介護事業を廃業する

昨年の12月末をもって、訪問介護事業所ほっと・氷川台ヘルパーステーションを閉じました。2004年2月に会社を設立した弊社にとって初めての事業所でした。その後、居宅介護支援事業所、通所介護事業所、小規模な(入居者6名、自費ショート1室)住宅型有料老人ホーム、福祉用具レンタル・住宅改修、都市型ケアハウスを開設し、練馬区氷川台を中心とした東部エリアで地域に根付いた介護事業の展開に向け、努力してきました。
しかし、訪問介護事業はここ3年ほど赤字が続いていました。介護においては、訪問と通所はとても大事な事業であり、何とか維持していきたいと考えてきましたが、将来展望が見ず、また、他の事業も厳しさを増す中で廃業を決意しました。

2.訪問介護における人材不足

介護事業は、全体的に人材不足に陥っていますが、その中でも、訪問介護は特に、人材が集まりにくくなっているように感じています。
弊社にとっても、サービス提供責任者や登録ヘルパーの人材確保も大きな課題でした。
登録ヘルパー募集に当たっては、既存のヘルパーさんにキャンペーン月間を作り、お友だち紹介をお願いしたり、近隣に3か月間にわたって、手書きのチラシを配布しましたが、問い合わせはひとつもありませんでした。有料人材募集誌にも掲載しましたが、問い合わせはありませんでした。弊社の登録ヘルパーは、ほとんどの方が5年以上勤務している60代、70代の方です。若い方はいません。
サービス提供責任者の採用は、さらに難しいものでした。
サービス提供責任者は、登録ヘルパーがお休みの時などは、対応しなければなりません。休日であっても出勤しなくてはならないときもあります。精神的に休まることが少ない職務になっています。
また、介護職にとって、初任者研修資格を取り、介護福祉士の資格を取り、サービス提供責任者になり、その後、居宅介護支援専門員(ケアマネ)となっていくコースが出来ています。ケアマネも、大変な業務ですが、時間を自分でコントロールすることが出来る職種であり、その面からもサービス提供責任者が求める職種になっています。
また、ケアマネには、主任ケアマネという上級資格が生まれました。しかし、サービス提供責任者には、何年経験を積んでも昇格する資格はありません。
また、制度改正ごとに、訪問介護の内容が変化し、利用者との接点がなかなか取れなくなってきています。例えば、現在は、生活援助において、1時間で買い物・調理を行わなければならず、大変忙しい対応になっています。利用者との交流が十分でなくなっています。利用者との接点が少なくなることは、「やりがいの喪失」です。大変でも、利用者のことを最も分かっているのは、サービス提供責任者、登録ヘルパーです。そこに、誇りがあります。
3年ごとの制度改正が、介護職の人材不足、特に、サービス提供責任者、登録ヘルパーの人材不足を生み出しているとしか思えません。

3.事務の効率化 処遇改善加算の在り方を考える

介護職員への給与水準をあげることを目的に介護報酬とは別に税金で、介護職員処遇改善交付金制度が2008年に生まれ、2012年度には介護報酬に組み込まれ、名称は介護職員処遇改善加算となり、昨年10月からは、介護職員等特定処遇改善加算も始まりました。
この制度の導入により、確かに、介護職員の給与水準は上がりました。特に、訪問介護は加算Ⅰを取得すれば、介護職員処遇改善加算で13.7%、同じく介護職員等特定処遇改善加算でも6.3%が加算され、他の介護事業に比べ、大きな割合となっています(例えば、通所介護は加算Ⅰでそれぞれ5.9%、1.2%です)。登録ヘルパーの時給も身体介護であれば、2000円以上が当たり前になっています。
しかし、介護現場では、介護従事者だけではなく、送迎する人、料理を作る人、事務を行う人などが働いています。介護職員等特定処遇改善加算では、介護職員だけでなく、その他の職種の人も良いとなっていますが、その額は特定介護職員の1/4でしかありません。
結局、その他の職員の給与も、上げざる得ず、事業者にとっては、このような加算が増えることによって、ますます経営的に厳しくなってきます。
また、加算を取得するためには、毎年、計画書及び実績報告書を提出しなくてはなりません。この事務量は大変で、多くの時間を割かなくてはなりません。事務が大変ということで加算取っていない事業所もあります。それらは当然、零細な事業所です。
受け手となる都や区は、これらの事務処理をするため職員を多数雇用しています。そのため、介護職員処遇改善加算などによる真水効果はさほど大きくないように思われます。国は、介護事業者への信頼がないのか、介護職員の待遇改善に力を注いでいますが、このような制度がなくなっても、当たり前ですが、人手不足の中で、人件費が下がる状況にはありません。
事務の効率化が言われています。このような加算制度を作りあげるよりは、単純に、単価を上げた方が、効果は大きいはずです。

4.3年ごとの制度改正の改正は事業所運営を困難にしている

介護保険制度が始まる時には、3年ごとの改正は、超高齢者社会を見据えて、徐々に良くなるものと思っていました。しかし、3年ごとの改正によって、介護保険制度の目的は「尊厳の保持」から「制度の維持」に変わってしまいました。そして、情報を持ち、専従者を抱える官僚主体のものになってしまいました。
一方、事業者から見ても、3年ごとの改正は、国が、一般企業との比較ではなく、介護事業別の利益率を基に、高いところの単価を押さえていくことを毎回行い、長期的な事業展開を困難なものにしています。特に、小規模事業者にとっては、今後事業を維持していくことは、ますます難しくなってくると懸念しています。
練馬区においての訪問事業所と通所事業所の数を調べましたが、、年々減ってきています(表参照)。特に、小規模事業者といわれる有限会社の数が大きく減少してきています。
練馬区の介護事業者の集まりである練馬区介護サービス事業者連絡協議会で活動しているメンバーは地元事業者が中心です。毎年、11月11日(介護の日)に開催される介護週間などのボランテイア活動に参加しているのも、地元事業者が中心です。このままでは、大規模商店などの出店により、地元商店が消えていったように、地元事業者は疲弊し、活力を失ってしまいます。
それは、結果的に、地域社会に活力がなくなってしまうことであり、国が描く地域包括ケアシステムなどは夢物語になってしまいます。
介護保険制度が誕生した時、地方自治法も、大きく改正されました。機関委任事務は廃止され、国と地方の関係は「上下・主従」の関係から「対等・協力」の関係へと変わりました。介護保険制度は、これからの地方分権を進めていく象徴になるといわれたものでした。その意味からも、自治体が、3年ごとの改正において、もっと積極的な役割を果たして欲しいと思っています。

5.最後に 地域包括ケアシステムについて

国は、地域包括ケアシステムの絵を描いています。最初は、介護を中心としたものでしたが、今では、障害者や子供などに係る課題や防災なども包含してきています。介護の運用というよりは地域コミュニティをどう形成するかという課題になりつつあります。他の自治体でも一緒ですが、練馬区では、地域包括ケアシステムの担当は、福祉部になっています。この体制では、地域包括ケアシステム=地域コミュニティを創りあげていくことは出来ません。やはり、企画部の担当として、全庁的に取り組む体制にするべきです。
練馬区は、地域の出先機関であった出張所を廃止してしまいました。練馬区には、以前、出張所を単位とする地域コミュニティ構想がありましたが、現在は、地域コミュニティづくりをどのように創りあげていくかの構想は持っていません。地域包括支援センターの整備も大事ですが、まずは、地域コミュニティづくりを検討すべきです。最初に課題となるのは、そのエリアです。地域包括ケアシステムのエリアは、中学校区、自転車で5分圏内とか言われていますが、それを参考に考えていけば良いと思います。その際、機械的に考えていくのではなく、地域には当たり前ですが、歴史があります。そのことを勘案して検討していくことです。また、隣接エリアでも利用可能なように重層的な考え方をもつことも必要です。
地域コミュニティづくりは難しい課題ですが、これからの自治体としては避けて通れない大きなテーマです。
私たち介護事業者も、地域包括ケアシステムを創りあげていく一つの力になりたいと思い、旧第2出張所範囲で介護事業を行うメンバーに声をかけ、第2地区介護事業所地域連絡会を有志で設立しました。今年度で4年目を迎えます。現在は、医療関係や行政などとタイアップして、年1回のイベントの開催が中心ですが、今後は、さらに、町会・自治会や老人クラブなどその地域で活動する方々と連携を深め、行政と連携しながら、旧第2地区内での地域包括ケアシステムづくり=地域コミュニティづくりに寄与していきたいと考えています。

2018.12.24(月)

「看取る」覚悟

練馬に、「通い、泊まり、住む」施設、宅老所をつくりたいと思い、介護事業を始めました。しかし、物件がなく、当初は訪問介護や居宅介護支援事業から始めました。開業して、1年半後の平成17年11月に、やっと定員24名のデイサービスと6部屋の入居施設、1部屋のショートステイを持つ施設「ほっと・ハウス・豊玉」を開設することが出来ました。当初は、入居者の方から埋まっていくと言われ、開業前から、見学者は数多く見えました。しかし、見学される方は、入居予定者の子ども達でした。その方々から見ると、小さな施設は、物足りなさや不安感の方が大きかったのか、入居する方はいませんでした。満床になるのに、1年近くかかりました。通所サービスやショ―トステイを利用された方が、「なじみ」の関係がつくられてくる中で入居されてきました。改めて、この施設は「通い、泊まり、住む」宅老所施設なのだと実感しました。あれから12年以上経ちますが、1名の方は今でも元気にデイサービスに通われています。他の方はお亡くなりになりましたが、2名の方を施設で「看取り」ました。また、中途入居の方も2名(1名は私の父ですが)を「看取り」ました。
私も含め、職員の多くは「看取り」を経験していませんでした。そこで6年ほど前に訪問医療をお願いしていた医師を招き、「看取り」の勉強会を職員やご家族の方らを集めて、開催しました。
その勉強会での医師の話は、「看取る」ことを本人や家族が決意したならば、「喘いでいても本人は苦しくない、無理に酸素ボンベを使って呼吸をさせる方が、本人には苦しくなる」「食事も本人が食べたくないならば、それは体が求めていないので、無理に食べさせない方がいい」、「どんな状況になっても、救急車は呼ばずに、対応すること」。また、「亡くなる前には、ビジョニング(亡くなった人や動物などが枕元に現れる現象)が、93%の人に現れる」など刺激的な内容でした。当然のことですが、研修に参加した職員や家族の方には、喘いでいるのは苦しいに決まっているなど、その内容を受け入れない人もいました。「看取る」ためには、その覚悟を持つことが必要だと思い知らされました。

「看取り」を経験

勉強会を行って半年後に施設として初めて「看取り」を経験しました。その方は、胃ろうですでに寝たきりの状態でしたが、栄養分が行き届き、血色は良く、また、わずかですが、笑うようなしぐさも時折見せていました。亡くなりそうになった時は夕方だったので、職員が集まり、ご家族の方と一緒に大きな声でお名前を呼び掛けましたが、徐々に脈が弱くなりました。職員である看護師が、バイタルサイン(体温、血圧、脈拍、呼吸)とともにSpO─2A(血液中の酸素濃度測定)を計っていましたが、その数値がどんどん悪くなり静かに亡くなっていきました。穏やかな表情のままでした。職員はご家族の方以上に涙ぐんでいましたが、経験のある職員が、施設で、こんな綺麗な死に顔は見たことはないと話をし、職員も満足感に包まれました。ご家族の方も、納得されていました。すばらしい「看取り」に立ち会うことができました。
担当医が1時間ほどして来て、亡くなった利用者の手を取り、脈を計りました。そして、おもむろに「ご臨終です」と述べ、その時間が死亡時間となりました。ご家族の方とともに私たち職員も立ち会いましたが、もうすでに涙も枯れていて、その形式的な最期は何とも滑稽なものに映りました。そのこと含め、私にとっても忘れることができない場面でした。
統計を見ると、平成15年度までは、年間の死亡者数は100万人以下でしたが、その数は毎年増え、平成27年度は130万人以上の方が亡くなっています。そして最も年間死亡者数が多くなるといわれている平成52年度には、約167万人の方が亡くなると推定されています。一方、死亡の場所は、病床数は微減の傾向にあり、今後は自宅や施設で亡くなる方が大幅に増えてきます。
私どもの事業所が担当した中にも、施設だけでなく、在宅で亡くなる方の事例が増えてきて
います。末期がんの一人住まいの利用者の方が、真夜中に具合が悪くなり、訪問医を呼び、処置をしてもらった後、先生との談話の中で、大好きなエクレアが欲しいと話したところ、先生がコンビニで買ってきてくれ、美味しく食べたそうです。その朝、ヘルパーがいつものように訪問したところお亡くなりになっていました。見事な最期だと思います。このような「物語」は、これからいろいろなところで生まれてくるはずです。

両親の死

同居していた両親は元気でした。しかし、父は夜トイレに行くことがままならなくなり、母から、眠れない、少しでも休ませて欲しいとの強い要望が出されました。ちょうどその時「ほっと・ハウス・豊玉」で初めての「看取り」を経験した直後で、部屋は空いていました。父は、自分の住処である我が家を離れることなど、絶対に無理と思っていましたが、何日か預かって欲しいとお願いをしました。
翌日行くと、父は、結構楽しくやっていました。3・4日たっても変りません。これはひょっとするとこのまま、施設に居てくれるのではないかとの期待も生まれてきました。しかし、7日目でした。私が顔を出すと、恐ろしい形相で、こちらに向かってきます。そして「なぜ、こんなところに俺は居るんだ。帰るぞ」と叫んでいました。職員から「沖山さん、帰ってください。私たちが対応しますから」と言われ、その場を離れました。なぜ離れてしまったのか、後悔がありました。しかし、翌日、父に会いに行くと穏やかになっていました。その後、帰ると家族に迷惑がかかると悟ったのだと思いました。
母は姉妹たちと、施設に行き、父と楽し気に話をしていました。母は、まったく元気でした。しかし、父より先に亡くなりました。血圧が高い人で毎日血圧を測るなど注意していましたが、心不全で突然に亡くなりました。生前から、私はさみしがり屋だからピンピンコロリで行きたいと常々言っていました。母らしい、最期でした。
父を「看取る」ことは姉妹たちと確認していましたが、父は足がむくんだり、胸が苦しんだりして、2度、入退院を繰り返しました。他の入居者の方も、「看取る」決意はしながらやはり、医療に頼ってしまうことがあります。家族としては難しい判断を迫られます。私にとっても、難しい判断であり、貴重な体験でした。
退院後、父は、通所に通いながら、日々を過ごしていましたが、ある夕方、施設を訪問した妻が、父が、壁の方に向かって何かを見つめていたと言っていました。ちょうどその日は母の49日でした。93%の人が見るビジョニングで、母が枕元に立ったのかも知れません。そして、その翌日の朝、父の様子がおかしいとの知らせを受け、施設に行くと父は、亡くなっていました。穏やかないい顔でした。
2年半近い「ほっと・ハウス・豊玉」の生活でした。この間、今までにはないほど父と2人きりの時間を持つことができ、いろいろな思い出も残してくれました。そして何よりも、その最後の生き様の中で、いろいろなことを教えてくれた父の死でした

「看取り」を受け入れる社会環境づくりは介護事業者の役割!

誰もが「老い」や「死」を迎えるわけですが、現在の日本の社会は、「老い」や「死」を正面から捉えることを拒否し、元気に「生きる」ことしか考ないようにしています。その姿は、「成熟社会」を迎えているのに、「成長社会」の再来を夢みている今の日本の社会の反映のような気がします。
私たち介護事業者は、「看取り」という貴重な経験をする中で、「老い」や「死」について考えます。そして、素晴らしい「看取り」をするためには、当然のことですが、良い生活を維持していくこと、良い介護、良い医療が何よりも大切だと感じています。また介護現場での「看取り」は、生活の中での「死」です。どんなに素晴らしい「看取り」でも、残されたご家族の方々にとっては喪失感はあります。後悔もあります。「看取り」をしていくためには、これらの対応も大事なことです。
「看取り」はこれから大きな課題となってきます。私たち介護事業者は、「看取り」を受け入れる社会環境をつくりだしていく役割を果たしていくべきです。「看取り」の現状を語り、また課題点、改善点などを積極的に社会に発信していくことです。そして、そのことは、いまの日本の社会の在りようを大きく変える力になると強く感じています。

2016.12.21(水)

(1)介護事業を立ち上げる

平成16年4月に介護事業所を立ち上げた。当初から「宅老所」のようなものを作りたいと考えていたが、まずは訪問介護事業から始め、半年後には居宅介護支援事業を始めた。そして、翌年11月に、7床の入居施設とデイサービスを兼ねた小規模多機能施設を立ち上げることができた。平成18年度の制度改正において、新たな制度として小規模多機能型介護事業が生まれたが、制度に縛られる感じがして、その制度にはのらずに、現在も、定員23名のデイサービス、1床の自費ショートステイ、6床の住宅型有料老人ホームとして「通う」「泊る」「住む」機能を持った事業所として運営している。さらに、平成19年4月に新たにデイーサービセンターを開設し、また、平成26年4月からは、福祉用具レンタル・購買事業を始めた。そして、平成27年4月には、福祉事業になるが、20床の都市型ケアハウスを開設した。それらの事業を、現在、職員25名、パート職員45名、合計70名(平成28年12月1日現在)で運営している。各事業所は、半径3キロ圏内にあり、地域に密着した多機能事業者として活動している。

事業を立ち上げて、感じたことは、保険者である自治体との関係が大きな課題となってくるということであった。それは、介護事業は一般事業と違い、税金も使われる保険事業であり、運用面において、自治体の考え方に依る場面が多くあるということ、また、当事者である介護保険利用者は弱者であり、私たち事業者は、利用者の声を代弁し、より使い易い制度にしていく役割を担っているということからである。

そのためには、他の介護事業者との連携が必要であった。事業を立ち上げて2年目に、練馬区介護サービス事業所連絡協議会(以下事連協)の運営委員となり、現在も活動している。私が所属している通所事業所分科会では、相互の職員派遣事業や認知症ケアの研修会、また、練馬区との懇談会を開催し、諸課題について、オープンな形で議論を行い、区との信頼感を深めてきた。現在、介護予防・日常生活支援総合事業について、事連協が区と連携しながら、問題解決に努めているが、その礎になったと思っている。

制度改正についても、事連協の中で議論を行い、平成21年度の第4期制度改正にあたって、区への要望を取りまとめることができ、現在も無料で受講できる練馬介護人材育成・研修センターの設立などが実現できた。しかし、議論が十分にこなせない中で、国への要望は取りまとめることはできなかった。そこで、事連協で知り合った、中村紀雄、片山章さんとの三人共同代表で「ねりま介護保険問題研究会」を平成21年1月27日に設立し、制度改正に向けた活動を開始した。

有志の交流も大事にしている。小規模通所事業所の有志の会である「わかば会」は平成18年から始まり、現在も月1回の管理者会、生活相談員会を開催している。合同で利用者のためのバス旅行の企画や自治体職員との勉強会の開催などを行っている。また、練馬区は人口70万を数える大きな都市であり、各地域ごとの事業所交流も盛んになってきている。今年は、私たちが活動する地域での事業所交流会をつくりあげていきたいと思っている。出来れば、事業所だけでなく、家族の方、民生委員の方なども入っていただければと考えている。

一方で、事業所同士が連携して、事業活動をしていくためには法人化が必要という事で、平成24年9月には高齢者の住まいを提供できる事業体として中村紀雄、片山章さんの3人で「一般社団法人ねりま高齢者住まいサポート協会」を設立し、また、平成26年12月1日には、都内ではじめての介護事業協同組合である「ねりま介護事業協同組合」を区内介護事業者16社で設立し、活動を行っている。

(2)介護保険制度の課題点

1)3年ごとの改正に、自治体は積極的な取り組みを!

介護保険が設立されるにあたって「介護の社会化を進める1万人市民委員会」ができた。その共同代表であった堀田力さんは「公的保険は誰のためにつくられるのか。いうまでもなく、市民のためである。だから、市民は、自分たちのためにどうしてほしいのか、思い切り声をあげよう。黙っていると誰かが勝手にやり方を決めてしまうから」と述べるなど市民が積極的に声をあげていた。ある意味で市民が参画してつくる、初めての制度といっても良いものであった。そこで、「保険」か「税」か、「家族介護」か「社会介護」かといったテーマについて市民の間で熱い議論が巻き起こった。また、地方分権推進法が制定された時期でもあり、「介護保険は地方分権の試金石」ともてはやされ、自治体も制度づくりに積極的に関わっていった。

そして、制度の中には「3年ごとの見直し」という文言があった。これも、市民が参画してよりよい制度をつくりあげていくものだと当初考えられていた。しかし、3年はあっという間に経ち、制度改正するたびに、市民や事業者・自治体はその対応に汲々となり、国=厚生労働省の影響力が強まってきた。その結果、市民のための制度というよりも制度を維持するという名目のもとお金の話に終始してきている現状にある。

私たちは、「ねりま介護保険問題研究会」を設立し、区内で介護事業に係わっている人を対象に、会員を募り、月1回の定例会を開催してきた。鏡諭淑徳大教授にも顧問として参加いただき、区内の各介護事業の現状などについて、会員同士で語り合い、現状の課題点などをまとめ、地域から声を上げ、より良い制度にしていく努力をしてきた。しかし、第5次、第6次改正に向けて具体的な提案ができないまま、8年間続いた活動は現在休止している。

このような経験から、市民や事業者が3年ごとの制度改正に、対案を示し、より良い制度に変えていくことは極めて難しいと感じている。やはり、自治体が、介護保険運営協議会などの場を生かして、市民・事業者とともに、積極的に制度改正に取り組むという決意を持たない限り、より良い制度は生まれないと思う。

2)地域包括ケアシステムはまちづくり!
①総合的な取り組みを!

厚生労働省は「2025年を目途に、重度な要介護状態になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していきます」としている。

そして、「地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要です」と述べている。

当然、高齢者だけでなく、障がい者や子供たちのための住まいや居場所づくりの提供なども求められてくる。これからの大きな課題である災害対策も求められてくる。地域包括ケアシステムの構築は、介護保険制度の枠を超えている。地域コミュニティづくり=まちづくりそのものである。総合的な取り組みが必要である。

練馬区では、地域包括ケアシステムの検討は、高齢社会対策課が行っているが、これでは十分な対応はできない。企画部が担当するなどして、全庁あげての体制をつくりあげなければ、地域包括ケアシステムは実現できない。

②地域の活性化を促す施策づくりを!

地域包括ケアシステムという言葉だが、都会の社会そのものをシステムとして捉えるには無理があり、具体的イメージが湧きにくいと感じている。地域包括ケアシステムの構築とは、地域ケアのネットワークを創ることと捉え、まずは、地域で、新たなグループを数多く作りあげていくことから始めていくべきである。そして、既存のグループ含め地域で活動するグループと介護事業所、医療事業所、また、保育園・幼稚園、小中学校、障がい者事業所などとの連携を創りだしていくことである。

練馬区には、昭和50年につくられた高齢者サークル助成制度がある。サラリーマンのようにいままで、地域とは関係なく暮らしていた人たちにとって、退職後、町内会を中心とする老人クラブに加入することには抵抗感がある。そこで、趣味やボランテイア活動をする仲間を募って、積極的に地域で活動する団体をつくるきっかけとなるのが、この助成制度である。練馬区内には、これから数多くのサラリーマン退職者が、地域で日常生活を過ごすことになる。練馬区にとって、彼らは「人材」であり、活用すべき対象である。

私は、縁あって30年以上に亘って、ネリマシルバースイミングクラブに関わってきたが、そのクラブも当初より、この助成を受け、活動していた。各地域に体育館ができると、仲間のクラブができ、現在5クラブが、活動している。社会貢献への意識も高く、週1回の水泳だけでなくそれぞれのクラブで活発な活動を行っている。これらのリーダーの多くはサラリーマンを退職した方々である。しかし、この助成制度は、当初は団体の運営に対する助成であったが、今は、会員以外を対象とする活動に対し、その活動経費の半額を助成する制度になり、新たな団体を掘り起こすには、大変利用しづらいものになっている。その結果、区内に、老人クラブは135団体あるが、高齢者サークルは18団体しかない状況にある。(平成27年度実績)

私は、高齢者サークル助成制度を改善するとともに、女性や若者など多くの人たちにも地域で活動する場をつくりあげていくことができる仕組みをつくることが、地域包括ケアシステムを構築していくための第一歩だと思っている。

③日常生活圏エリアをどう考えていくのか

厚生労働省は、地域包括ケアシステムのエリアを「おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏を具体的には中学校区を単位として想定」している。日常生活圏とは、地域の人たちにとって、常日頃から、実感できるエリアでなければならない。

練馬区の場合、高齢者相談センター支所(地域包括支援センター支所)を中心に地域包括ケアシステムのエリアが考えられている。しかし、そのエリアは支所ありきの状況になっている。例えば、私が運営する居宅介護支援事業所がある氷川台で見てみると、図にあるように、早宮にある練馬キングス・ガーデンが支所であり、氷川台・早宮がそのエリアになっている。しかし、このエリアは中学校区でもなく、また、区の他の事業エリアと合致するものはない。これでは、地域住民は戸惑うばかりである。

練馬区は現在、4つの高齢者相談センター(地域包括支援センター本所)と、25の支所があるが、平成29年度より、すべての支所を本所にする方針のようであるが、エリアをどう考えていくのかということを念頭に置かなければ、地域包括ケアシステムは、絵に描いた餅に終わってしまう。

区内には元々17の出張所があった。現在その事業見直しを行っているが、このエリアは青少年育成委員会の活動や地区祭の開催など長い歴史があり、地域の住民にとっても、生活実感のあるエリアとなっている。私は、このエリアを地域包括ケアシステムのエリアとするべきと考えている。区内には中学校は33校あり、中学校区より数が少なくなってしまうが、練馬区は人口密度も高く、厚労省がいう本来的な意味での「おおむね30分以内に必要なサービスが提供される」エリアとしては合致できるものと考えている。

④既存施設の積極的な活用を!

事連協で通所分科会の代表をしていた平成22年春に区との懇談会の場で、車椅子利用者の方が気軽にまちに出かけられるように、自分たち施設が持つ車椅子用トイレを開放することを提案した。車椅子用トイレを提供しても良いという通所事業所は20以上もあった。区ではその時点で、民間での車椅子用トイレの提供は1か所しかなく、提案は了解されたが、車椅子用トイレ使用可のシールの提供だけであった。私が運営する施設でも、そのシールを貼りだしたが、いままで、一人の利用者もない。区としての宣伝量があまりにも少なすぎることが大きな原因である。

練馬区は、今回の改正で、平成27年4月当初から介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)への取り組みを行った。そのために事前に1年かけて、事連協の訪問介護・介護支援事業及び通所分科会との会議体をもって、事前の意見調整を何度も行った。私が運営する通所事業所では、総合事業を私たちがやることなのか、単価も今後は下がっていくことを考えると経営的にも、大きな疑問であった。そこで、通所事業所としては、総合事業を行わない方針を出した。ただ、地域の施設として介護予防の人を受け入れないことにも躊躇があった。そんな時、連携する地域の認知症家族の会の人たちから、もし、施設を利用させてくれれば、自分たちで、総合事業に取り組みたいとの話があった。区との会議の中で、そのことを議題に載せたところ、大変良い反応があった。そこで、家族会はNPOを取得するなど、平成27年4月当初より、通所事業所が休みである毎週土曜日を利用して総合事業を始める準備をした。しかし、総合事業が始まっても、区からは事業開始についての了解が取れず、いまだに宙に浮いたままになっている。

私たち小規模通所事業所は、運営面から月曜日から金曜日まで週5日で事業を行っているところが多くある。空いている土、日曜日を使って、地域の方に使っていただくことは、区にとっても良い話だと思うが、区はどうしても万が一の事故などを想定してしまう傾向にあり、慎重になってしまう。しかし、区は、このような実践に積極的に対応すべきである。そして、数多くの事業所が、実施できるように、万が一の事故への対応策などリスクヘッジ施策をしっかりとつくりあげていくことに取り組むべきである。

これらの取り組みによって、車椅子利用者の方々が、今以上に、気軽にまちを歩くことが出来、また、地域に、NPOが生まれ、総合事業だけでなく、オレンジCaf?など数多くの活動が湧き上がってくる。地域に活力が出てくる。私は、今後の財政状況を考えても、地域包括ケアシステムを創り出していくためにも、既存の施設の積極的な活用は避けて通れない課題だと思っている。

(3)小規模介護事業所とともにつくる豊かな社会!

介護という課題は社会を変える大きな要素を持っている。それは、すべての人が高齢者になっていくという意味で、国民全体の課題になるからである。そして、近代化の中で、特に、日本の社会では「老い」や「死」を日常生活から追いやってきたが、介護の現場は、日常生活の中で「老い」や「死」を見つめる場所になっているからである。

介護事業所は社会を変える役割を持っている。また、介護事業者は地域を支えていく大きな柱になる存在である。地域には、志を持って活動している事業者の方々が数多くいる。事連協などで中心的に活動している事業所は、地域で活動している事業者である。しかし、厚生労働省は、キャリアパスなどを通して、事業の大規模化を促進している。

大店法の撤廃により、多くの商店街がシャッター通りになってしまい、地域の活力が失われてしまった。介護事業の大規模化の発想だけでは、志を持って、地域で積極的に活動している小規模事業者を苦しめるだけである。豊かな地域社会=地域包括ケアシステムを創りだしていくためにも、小規模事業者が活躍できる施策を充実させていくべきである。

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