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認知症予防は、対話の実践から

デイサービスセンターでの生活
 私は、デイサービスセンターを中心に介護事業を運営しています。今年で二〇年目を迎えます。デイサービスの対象者は、要介護者のみで、介護度の重い利用者が多く、
その大半は、認知症の方です。夕方帰宅が始まると「東京に帰りたい」と何度も訴える方がいます。練馬にお住まいですが、実家が都心にあったので、そこに帰りたいと
いう訴えです。職員は、「時間が来たら車で家にお送りしますのでもう少し待っていてください」と対応します。「よろしくね」との返事が返ってきますが、すぐまた同じ
ことが繰り返されます。職員は根気よく、説得します。しかし、その方に反応するように、あちらこちらからも「まだなの」「早くして」の声があがってきます。デイサー
ビスは、利用者の帰宅時間が、それぞれ違います。最初の人が帰宅し始めると、利用者全員がそわそわしてきます。いろいろな言葉を掛けたり、カラオケなどで対応します
が、帰宅願望モードを収めるのは大変です。
 また、ある方は、いつもは静かな方ですが、自分の世界があり、少しでもその世界を壊すようなことをされると大きな声で怒鳴ります。職員は何が気に入らなかったか考え、
いろいろと手を尽くします。上手く落ち着かせることができても、その方法がいつも上手くいくわけではありません。日々の生活のなかで、利用者と職員の関係は深まってき
ます。それですべてが解決するわけではありませんが、介護は、人と人との関係性が重要な要素であり、そこに面白さもあります。

認知症は病気?
 現在、高齢者の方々を中心に、徘徊や異食などの問題行動を起こす認知症に対する、恐怖といってもよい雰囲気が醸し出されています。認知症予防という言葉が付くと、
それだけで関心が高くなるといわれています。
 昨年春先に、エーザイ株式会社がアルツハイマー治療薬をアメリカの会社と共同で開発したという情報が伝わり、エーザイの株が三割近く値上がりしました。認知症対策に
大きな注目が集まっている証左でもあります。
 認知症は、二〇年ほど前に、「痴呆」「呆け」という言葉は差別的であるということで、新たな名称が検討されました。一番適切な言葉として、「認知障害」が候補となり
ましたが、すでにその言葉は、精神疾患の一種として使用されており、第二の候補であった認知症が新たな名称となりました。しかし、認知症は、「症」が付くことによって、
病気と認識され、治す対象になってしまいました。確かに、若年性認知症の方などは、アルツハイマーやレビー小体型を伴う病気であり、治す対象となります。しかし、
認知症は、高齢に伴う老化現象であり、薬で進行を緩やかにすることはできても、治すことはできません。認知症は「死」への前段階で、「死」への恐怖感を和らげる作用が
あると言われています。私たちにとって必要なことは、認知症を忌み嫌うのではなく、それを受け入れていく心構えをもつことではないでしょうか。

問題行動は周辺症状から起きる
 認知症には、中核症状と周辺症状があります。中核症状とは、脳の老化による認知機能の低下から引き起こされるもので、理解力・判断力の低下、記憶障害、見当識障害、
遂行機能障害や失語といった症状がでてきます。一方、中核症状と環境要因・身体要因・心理要因などの相互作用の結果として生じるさまざまな精神症状や行動障害が周辺
症状です。徘徊や異食などの問題行動は、周辺症状です。中核症状に大きなダメージがあっても、問題行動がない人もいます。反対に、中核症状に大きなダメージがないのに、
問題行動を起こす人もいます。人間関係がまだ、色濃く残っている地方では、中核症状にダメージがあっても問題行動を起こす人は少ないと言われています。それは、たとえば、
徘徊しても、顔見知りの近所の人が声をかけてくれるからです。「あら、おじいちゃんどこにいくの?」と声をかけられ、しばらく会話した後、本人は、何もなかったかのよう
に家に戻るというのはよく聞く話です。
 デイサービスでの生活を見ていても、認知症の方は、あまり話すことも、レクレーションに参加することもありませんが、職員との関係が深まるにつれ、また、利用者同士
との会話が生まれていく中で、徐々に、落ち着きが生まれてきます。

対話こそが豊かな老後をつくる
 一九六〇年代、日本では、地方から多くの人が大都市に集まり、高度経済成長を支えてきました。急速な都市人口の増加の結果、日常の人間関係が薄れてきましたが、それは、
地方での人間関係の煩わしさを避けたいと思っていた人々にとっても望む方向だったのではないでしょうか。
 しかし、超高齢化社会を迎え、定年後の生活が長くなりました。どのような日常生活を送って良いのか戸惑いを覚える高齢者が多いと聞きます。
 私は、現在では私自身が会員となっていますが、若い頃から高齢者の水泳クラブのお手伝いをしています。ある会長から「今までは会社人間として縦社会の中で対応してきたが、
地域の会は、女性も多く、横社会ともいえる環境でなかなか運営していくことは大変だが、いろいろな人に出会えて、楽しい」との話を聞き、妙に納得したことがあります。
 豊かな老後を生み出していくためには、高齢者自身が、今まで縁が薄かった地域社会の中に積極的に飛び込み、いろいろな人と出会い、対話を重ね、豊かな人間関係を創りだし
ていくことです。そして、それは、結果的に、認知症予防対策にもなるはずです。                (沖山 一雄)

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