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介護保険制度の強さと脆さ
(1)介護事業を立ち上げる
平成16年4月に介護事業所を立ち上げた。当初から「宅老所」のようなものを作りたいと考えていたが、まずは訪問介護事業から始め、半年後には居宅介護支援事業を始めた。そして、翌年11月に、7床の入居施設とデイサービスを兼ねた小規模多機能施設を立ち上げることができた。平成18年度の制度改正において、新たな制度として小規模多機能型介護事業が生まれたが、制度に縛られる感じがして、その制度にはのらずに、現在も、定員23名のデイサービス、1床の自費ショートステイ、6床の住宅型有料老人ホームとして「通う」「泊る」「住む」機能を持った事業所として運営している。さらに、平成19年4月に新たにデイーサービセンターを開設し、また、平成26年4月からは、福祉用具レンタル・購買事業を始めた。そして、平成27年4月には、福祉事業になるが、20床の都市型ケアハウスを開設した。それらの事業を、現在、職員25名、パート職員45名、合計70名(平成28年12月1日現在)で運営している。各事業所は、半径3キロ圏内にあり、地域に密着した多機能事業者として活動している。
事業を立ち上げて、感じたことは、保険者である自治体との関係が大きな課題となってくるということであった。それは、介護事業は一般事業と違い、税金も使われる保険事業であり、運用面において、自治体の考え方に依る場面が多くあるということ、また、当事者である介護保険利用者は弱者であり、私たち事業者は、利用者の声を代弁し、より使い易い制度にしていく役割を担っているということからである。
そのためには、他の介護事業者との連携が必要であった。事業を立ち上げて2年目に、練馬区介護サービス事業所連絡協議会(以下事連協)の運営委員となり、現在も活動している。私が所属している通所事業所分科会では、相互の職員派遣事業や認知症ケアの研修会、また、練馬区との懇談会を開催し、諸課題について、オープンな形で議論を行い、区との信頼感を深めてきた。現在、介護予防・日常生活支援総合事業について、事連協が区と連携しながら、問題解決に努めているが、その礎になったと思っている。
制度改正についても、事連協の中で議論を行い、平成21年度の第4期制度改正にあたって、区への要望を取りまとめることができ、現在も無料で受講できる練馬介護人材育成・研修センターの設立などが実現できた。しかし、議論が十分にこなせない中で、国への要望は取りまとめることはできなかった。そこで、事連協で知り合った、中村紀雄、片山章さんとの三人共同代表で「ねりま介護保険問題研究会」を平成21年1月27日に設立し、制度改正に向けた活動を開始した。
有志の交流も大事にしている。小規模通所事業所の有志の会である「わかば会」は平成18年から始まり、現在も月1回の管理者会、生活相談員会を開催している。合同で利用者のためのバス旅行の企画や自治体職員との勉強会の開催などを行っている。また、練馬区は人口70万を数える大きな都市であり、各地域ごとの事業所交流も盛んになってきている。今年は、私たちが活動する地域での事業所交流会をつくりあげていきたいと思っている。出来れば、事業所だけでなく、家族の方、民生委員の方なども入っていただければと考えている。
一方で、事業所同士が連携して、事業活動をしていくためには法人化が必要という事で、平成24年9月には高齢者の住まいを提供できる事業体として中村紀雄、片山章さんの3人で「一般社団法人ねりま高齢者住まいサポート協会」を設立し、また、平成26年12月1日には、都内ではじめての介護事業協同組合である「ねりま介護事業協同組合」を区内介護事業者16社で設立し、活動を行っている。
(2)介護保険制度の課題点
1)3年ごとの改正に、自治体は積極的な取り組みを!
介護保険が設立されるにあたって「介護の社会化を進める1万人市民委員会」ができた。その共同代表であった堀田力さんは「公的保険は誰のためにつくられるのか。いうまでもなく、市民のためである。だから、市民は、自分たちのためにどうしてほしいのか、思い切り声をあげよう。黙っていると誰かが勝手にやり方を決めてしまうから」と述べるなど市民が積極的に声をあげていた。ある意味で市民が参画してつくる、初めての制度といっても良いものであった。そこで、「保険」か「税」か、「家族介護」か「社会介護」かといったテーマについて市民の間で熱い議論が巻き起こった。また、地方分権推進法が制定された時期でもあり、「介護保険は地方分権の試金石」ともてはやされ、自治体も制度づくりに積極的に関わっていった。
そして、制度の中には「3年ごとの見直し」という文言があった。これも、市民が参画してよりよい制度をつくりあげていくものだと当初考えられていた。しかし、3年はあっという間に経ち、制度改正するたびに、市民や事業者・自治体はその対応に汲々となり、国=厚生労働省の影響力が強まってきた。その結果、市民のための制度というよりも制度を維持するという名目のもとお金の話に終始してきている現状にある。
私たちは、「ねりま介護保険問題研究会」を設立し、区内で介護事業に係わっている人を対象に、会員を募り、月1回の定例会を開催してきた。鏡諭淑徳大教授にも顧問として参加いただき、区内の各介護事業の現状などについて、会員同士で語り合い、現状の課題点などをまとめ、地域から声を上げ、より良い制度にしていく努力をしてきた。しかし、第5次、第6次改正に向けて具体的な提案ができないまま、8年間続いた活動は現在休止している。
このような経験から、市民や事業者が3年ごとの制度改正に、対案を示し、より良い制度に変えていくことは極めて難しいと感じている。やはり、自治体が、介護保険運営協議会などの場を生かして、市民・事業者とともに、積極的に制度改正に取り組むという決意を持たない限り、より良い制度は生まれないと思う。
2)地域包括ケアシステムはまちづくり!
①総合的な取り組みを!
厚生労働省は「2025年を目途に、重度な要介護状態になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していきます」としている。
そして、「地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要です」と述べている。
当然、高齢者だけでなく、障がい者や子供たちのための住まいや居場所づくりの提供なども求められてくる。これからの大きな課題である災害対策も求められてくる。地域包括ケアシステムの構築は、介護保険制度の枠を超えている。地域コミュニティづくり=まちづくりそのものである。総合的な取り組みが必要である。
練馬区では、地域包括ケアシステムの検討は、高齢社会対策課が行っているが、これでは十分な対応はできない。企画部が担当するなどして、全庁あげての体制をつくりあげなければ、地域包括ケアシステムは実現できない。
②地域の活性化を促す施策づくりを!
地域包括ケアシステムという言葉だが、都会の社会そのものをシステムとして捉えるには無理があり、具体的イメージが湧きにくいと感じている。地域包括ケアシステムの構築とは、地域ケアのネットワークを創ることと捉え、まずは、地域で、新たなグループを数多く作りあげていくことから始めていくべきである。そして、既存のグループ含め地域で活動するグループと介護事業所、医療事業所、また、保育園・幼稚園、小中学校、障がい者事業所などとの連携を創りだしていくことである。
練馬区には、昭和50年につくられた高齢者サークル助成制度がある。サラリーマンのようにいままで、地域とは関係なく暮らしていた人たちにとって、退職後、町内会を中心とする老人クラブに加入することには抵抗感がある。そこで、趣味やボランテイア活動をする仲間を募って、積極的に地域で活動する団体をつくるきっかけとなるのが、この助成制度である。練馬区内には、これから数多くのサラリーマン退職者が、地域で日常生活を過ごすことになる。練馬区にとって、彼らは「人材」であり、活用すべき対象である。
私は、縁あって30年以上に亘って、ネリマシルバースイミングクラブに関わってきたが、そのクラブも当初より、この助成を受け、活動していた。各地域に体育館ができると、仲間のクラブができ、現在5クラブが、活動している。社会貢献への意識も高く、週1回の水泳だけでなくそれぞれのクラブで活発な活動を行っている。これらのリーダーの多くはサラリーマンを退職した方々である。しかし、この助成制度は、当初は団体の運営に対する助成であったが、今は、会員以外を対象とする活動に対し、その活動経費の半額を助成する制度になり、新たな団体を掘り起こすには、大変利用しづらいものになっている。その結果、区内に、老人クラブは135団体あるが、高齢者サークルは18団体しかない状況にある。(平成27年度実績)
私は、高齢者サークル助成制度を改善するとともに、女性や若者など多くの人たちにも地域で活動する場をつくりあげていくことができる仕組みをつくることが、地域包括ケアシステムを構築していくための第一歩だと思っている。
③日常生活圏エリアをどう考えていくのか
厚生労働省は、地域包括ケアシステムのエリアを「おおむね30分以内に必要なサービスが提供される日常生活圏を具体的には中学校区を単位として想定」している。日常生活圏とは、地域の人たちにとって、常日頃から、実感できるエリアでなければならない。
練馬区の場合、高齢者相談センター支所(地域包括支援センター支所)を中心に地域包括ケアシステムのエリアが考えられている。しかし、そのエリアは支所ありきの状況になっている。例えば、私が運営する居宅介護支援事業所がある氷川台で見てみると、図にあるように、早宮にある練馬キングス・ガーデンが支所であり、氷川台・早宮がそのエリアになっている。しかし、このエリアは中学校区でもなく、また、区の他の事業エリアと合致するものはない。これでは、地域住民は戸惑うばかりである。
練馬区は現在、4つの高齢者相談センター(地域包括支援センター本所)と、25の支所があるが、平成29年度より、すべての支所を本所にする方針のようであるが、エリアをどう考えていくのかということを念頭に置かなければ、地域包括ケアシステムは、絵に描いた餅に終わってしまう。
区内には元々17の出張所があった。現在その事業見直しを行っているが、このエリアは青少年育成委員会の活動や地区祭の開催など長い歴史があり、地域の住民にとっても、生活実感のあるエリアとなっている。私は、このエリアを地域包括ケアシステムのエリアとするべきと考えている。区内には中学校は33校あり、中学校区より数が少なくなってしまうが、練馬区は人口密度も高く、厚労省がいう本来的な意味での「おおむね30分以内に必要なサービスが提供される」エリアとしては合致できるものと考えている。
④既存施設の積極的な活用を!
事連協で通所分科会の代表をしていた平成22年春に区との懇談会の場で、車椅子利用者の方が気軽にまちに出かけられるように、自分たち施設が持つ車椅子用トイレを開放することを提案した。車椅子用トイレを提供しても良いという通所事業所は20以上もあった。区ではその時点で、民間での車椅子用トイレの提供は1か所しかなく、提案は了解されたが、車椅子用トイレ使用可のシールの提供だけであった。私が運営する施設でも、そのシールを貼りだしたが、いままで、一人の利用者もない。区としての宣伝量があまりにも少なすぎることが大きな原因である。
練馬区は、今回の改正で、平成27年4月当初から介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)への取り組みを行った。そのために事前に1年かけて、事連協の訪問介護・介護支援事業及び通所分科会との会議体をもって、事前の意見調整を何度も行った。私が運営する通所事業所では、総合事業を私たちがやることなのか、単価も今後は下がっていくことを考えると経営的にも、大きな疑問であった。そこで、通所事業所としては、総合事業を行わない方針を出した。ただ、地域の施設として介護予防の人を受け入れないことにも躊躇があった。そんな時、連携する地域の認知症家族の会の人たちから、もし、施設を利用させてくれれば、自分たちで、総合事業に取り組みたいとの話があった。区との会議の中で、そのことを議題に載せたところ、大変良い反応があった。そこで、家族会はNPOを取得するなど、平成27年4月当初より、通所事業所が休みである毎週土曜日を利用して総合事業を始める準備をした。しかし、総合事業が始まっても、区からは事業開始についての了解が取れず、いまだに宙に浮いたままになっている。
私たち小規模通所事業所は、運営面から月曜日から金曜日まで週5日で事業を行っているところが多くある。空いている土、日曜日を使って、地域の方に使っていただくことは、区にとっても良い話だと思うが、区はどうしても万が一の事故などを想定してしまう傾向にあり、慎重になってしまう。しかし、区は、このような実践に積極的に対応すべきである。そして、数多くの事業所が、実施できるように、万が一の事故への対応策などリスクヘッジ施策をしっかりとつくりあげていくことに取り組むべきである。
これらの取り組みによって、車椅子利用者の方々が、今以上に、気軽にまちを歩くことが出来、また、地域に、NPOが生まれ、総合事業だけでなく、オレンジCaf?など数多くの活動が湧き上がってくる。地域に活力が出てくる。私は、今後の財政状況を考えても、地域包括ケアシステムを創り出していくためにも、既存の施設の積極的な活用は避けて通れない課題だと思っている。
(3)小規模介護事業所とともにつくる豊かな社会!
介護という課題は社会を変える大きな要素を持っている。それは、すべての人が高齢者になっていくという意味で、国民全体の課題になるからである。そして、近代化の中で、特に、日本の社会では「老い」や「死」を日常生活から追いやってきたが、介護の現場は、日常生活の中で「老い」や「死」を見つめる場所になっているからである。
介護事業所は社会を変える役割を持っている。また、介護事業者は地域を支えていく大きな柱になる存在である。地域には、志を持って活動している事業者の方々が数多くいる。事連協などで中心的に活動している事業所は、地域で活動している事業者である。しかし、厚生労働省は、キャリアパスなどを通して、事業の大規模化を促進している。
大店法の撤廃により、多くの商店街がシャッター通りになってしまい、地域の活力が失われてしまった。介護事業の大規模化の発想だけでは、志を持って、地域で積極的に活動している小規模事業者を苦しめるだけである。豊かな地域社会=地域包括ケアシステムを創りだしていくためにも、小規模事業者が活躍できる施策を充実させていくべきである。
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